雑記

【辞任発言全文】森喜朗会長が辞任表明 本当に悪い人だったのか?

もぐすけです

東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長(83)は12日、理事会と評議員会の合同懇談会に出席し、女性蔑視発言の責任を取り、辞任を表明した。

森会長の後任候補に挙がっていた日本サッカー協会元会長で選手村村長の川淵三郎氏(84)は一転、就任要請を辞退し、人事は白紙に戻った。関係者によると、候補に橋本聖子五輪相(56)が浮上している。

組織委の武藤敏郎事務総長は懇談会後の記者会見で、より透明性の高い手続きを取る必要があるため後任会長の候補を選考する委員会を設置し、委員長に御手洗冨士夫名誉会長(85)が就任することを明らかにした。

【出典:2020年2月12日付け 共同通信】

【ヤフコメピックアップ】

・総理大臣時代から問題があったこの人に、組織委員会の会長に抜擢したのが間違いだったということでしょう。それにしてもあの発言とこの前の会見はあまりに酷かった。
あと、正式に決まってもいない人事をあたかも、決まったかのように報道するマスコミもどうかと思うが。
そもそも、辞める人が後任を指名するのは間違ってるよ。

・謝り方、辞め方を間違えた人の末路。
女性蔑視発言だけでも炎上状態だった.
そこに自らが招いた二次災害、三次災害が重なって混乱に拍車を掛けた。
組織委員会の当事者能力のなさも露呈。
世界中に恥をさらした格好。
自らの会長人事を決めるだけでもこれだけの大騒動になる組織委員会。
こんな組織が、コロナの難局を乗り切れるとは到底考えられない。
もうオリンピックは中止にするしかない。

・小学校終わって中学校???
だいたい8年くらいやった話なんだろうけど。
それで結局は恨み節をつらつら言って、反省の意もなく、辞めればいいでしょ的な会見だった。
この人はこんな程度だと昔からわかっていることだが、恥ずかしさの欠片もない人だと言う事が理解できた。
そんな組織委員会の長に仕立て上げた人たちにも、大きな責任を感じてほしい。
さらに言えば川淵さんに変えたとしてもしなくても、同じことはしないでいただきたし。

やはりというか、辞任されてしまいましたね

7年もの間に数々の実績を残し、ガンと闘病しながらも大変なオリンピックの調整に尽力している人の、たった1度の失言を決して許さないんですね、いまの日本人というのは

 

森会長を痛烈に批判している多くの人たちは、今まで生きてきたなかで

「男っていうのは○○だからイヤなんですよ・・・」

「女は○○だから困るんだよな」

というのを1度も言ったことがない人たちなのでしょうね

とても立派だと思います

 

「一般人の私たちは言っても許されるけど、森会長のような立場の人は許されない」

と 思う人もいると思いますが、立場なんてまったく関係ないですよ

1度でも言ったことのある人なら当然、森さんを堂々と批判なんてできないですよね

 

さらに辞任表明してもなお「あいさつが長い」やら「ただの恨み節」などの非難も多く、まるで切腹した人を蹴り飛ばして引きずり回している市民のような感じです

そして去っていった後に急に功績を称えだすという、相変わらず不思議で謎の国民性

 

辞任の発言を一字一句正確に書いている記事がなかったので、かなり長いですが文字起こしをしました

2021年2月12日 組織委理事会、評議員会合同懇談会 冒頭発言より

【① 冒頭あいさつ】

森会長:それではお許しをいただいて、最初に私からご挨拶を申し上げます。

今日はご多用の中を、こうして大勢お集まりくださいましたし、リモートで参加されている方もあるんでしょ・・・ということで、約45名くらいの方がご覧になっているということになります。

 

いま、総長からお話がありましたように、今回、私の不適切な発言が原因で、大変混乱をいたしてしまいました。

 

理事の皆さん、さらには評議員の皆さま、そして多くの皆さま方に、大変ご迷惑をおかけをいたしましたことを誠に申し訳なく存じております。

 

今日はあらためて、もうすでに報道されておりますとおり、今日をもちまして会長を辞任をいたそうと、こう思っております。

 

大事なことは、オリンピックをきちんと7月に開催するということでありますから、そのオリンピックを開催するための諸準備にですね、私がいることが妨げになるということであっては、ならないと思います。

 

【② 在任中の総括】

 

[2014年]

 

思いおこしますと、8年前になるわけですけれども、平成・・・2014年1月でございましたか、東京都庁の一部をお借りをして、組織委員会がスタートいたしました。

 

そのときは44名でスタートしたんです。

 

今日、いろいろ今、コロナのこともあり、休んでおられる方いろいろありますが、もうね、3千・・・5千か・・・3千4、5百の職員のみなさんがおられて、それぞれの部署で懸命なオリンピックの準備作業をされておられます。

 

その、皆さま方のことを考えましてもですね、本当に感慨無量でありまして、14年に発足しましてから、会場の見直し案というのをやりました。

 

当初の東京都が中心となってお作りをいただきました当時の最初の計画を思い切って削減をするということになりました。

 

そのために、東京都で開催する東京オリンピックがですね、オリンピック・パラリンピックが、隣県の神奈川県、埼玉県、千葉県、そして一部山梨県、静岡県にまでですね、ご協力いただくことになりまして、大変広範囲なオリンピック・パラリンピックということにもなりました。

 

また、サッカーの予選等もあります。また、野球もあとで追加になりましたので、これの予選等もありますので、大会の前にですね、サッカーも、そして野球も行うということで、特に東北を中心にした各県でサッカーをお願いをし、野球、ソフトボールは福島県でお願いをするということで、これもまた各県の知事はじめ、皆さんの大変なご努力をいただいて、準備をしていただいております。

 

[2015年・2016年]

 

さらには15年に入りまして、3者合意というものがありまして、財政負担の国と都との合意、それから2016年に入りまして、リオ大会が行われました。

 

すばらしいアスリートの活躍があったわけでありますが、そのときに安倍総理においでをいただいて、安倍マリオという大変大きな国際的に話題を生むセレモニーがあったことも記憶に新しいです。

 

[2017年]

 

17年には、いわゆる携帯電話のリサイクルでメダルを作ろうという、この運動を提唱いたしまして、これとともにですね、表彰台をペットボトルで作ろうと。

 

できれば、これを参加してくれた選手の母校に贈ったらどうかという案も検討をしているところであります。

 

さらには今、たしか福岡県に行ったのかどうかぐらいかと思いますが、トーチですね。

 

このトーチを、これもまた、東北の震災のときに使われた住宅、仮設住宅の金属部分をはがしまして、これでトーチを作ったということなど、いわゆる持続可能性の社会というものを目指して、オリンピックの我々も組織委員会もその中で一緒になって頑張ろうということになったのも、みなさんのおかげです。

 

[2018年]

 

さらに2018年には、バッハ会長がおいでになりまして、そしてあらためて、この復興五輪ということを確認をいたしたわけです。

 

[2019年]

 

2019年には、暑さ対策の流れといたしまして、札幌へマラソンを移すという、これはIOCからの提案でございましたが、東京都、そして国、皆さんのご協力いただいて札幌・・・北海道、札幌市みなさまのご協力で順調にこの準備をできております。

 

[2020年]
 

そして2020年には、アテネで採火式が行われまして、遠藤代行が・・・など始め、皆さんがご出席をいただきました。

 

ちょうど採火式の火をいただいて日本側に渡された時だと思いますが、コロナのことでEUから厳しい措置が出されました。

 

したがって、その後の(3月)18日に、私どもはその火を頂きに行く予定でございましたが、向こうへ行くと2週間帰れなくなるとかですね、まぁいろんな制限がありました。

 

したがって、飛行機だけ飛ばそうと。

 

その飛行機だけは飛ばすけど返してくれますね、ということで、採火式に行きました。

 

河村部長が中心に8名の職員が向こうに残っておりまして、日本側にいただいたこのトーチ、聖火をですね、大事にホテルで確保しておりました。

 

これがとてもよかったので、もしあの騒ぎでこの聖火が日本に入らないと、今日はたしてどういうことになっているのか、来るのか来ないのかも危ぶまれたかもしれませんが、幸い3月の・・・たしか19日でしたかね、それで日本に入ってきまして、それから山下さんおられますが、JOCのオリンピックハウスで大事に点検をしてきました。

 

多くの方々の関心がとても深いということでありましたし、総務省の当時の高市大臣の提案がありまして、オリンピックのリレーが巻き込まれんようなところにですね、この・・・人たちに見ていただくという、陳列をしたらどうかという、その予算も総務省の予算を使って結構ですということでありましたので、その計画を作りまして今、先ほど冒頭で申し上げたように、たしか今は福岡県あたりかなと思っておりますが。

 

どこへ行かれましてもですね、とにかくたった松明(たいまつ)が1つあるだけでですね、3千人、4千人とか人が集まってこられて大変な賑わい、というよりも、大変多くの人たちが、特に子どもさんたち中心に、このアテネの火がですね・・・ゼウスの火が大変な関心があったということでありまして、こうしたこともオリンピックへの前章として大変意義ある行事であったかと思っております。

 

そして2020年に入りまして、コロナ対策ということで、第一弾を政府でとりまとめていただきましたが、結局そのために我々の想像もつかないような、1年延期するということ、これは当時の安倍総理の発案で、IOCとの間で合意を得たわけであります。

 

したがってその1年、経過しましてもう半年になりました。

 

【③ 今回の騒動への釈明】

 

そんな中で、いよいよ私どもとしては、あくまでもこのオリンピック、パラリンピックを開催するという方針で、強い方針で、今、準備を進めていた矢先でありまして、そういう中で会長である私が余計なことを申し上げたのか、まあこれは解釈の仕方だと思うんですけれども、そういうとまた悪口を書かれますけれども、私はそういう当時ものを言ったわけじゃないんだが、多少意図的な報道があったんだろうと思いますけれども。

 

まあ女性蔑視なんていう、そう言われまして。

 

私はこの組織委員会に入ってから、女性の皆さんをできるだ称えてきましたし、男性よりも余計、女性の皆さんに発言してもらえるように絶えず勧めてきました。

 

皆さんはなかなかお手を上げてお話しにならないときがたくさんありましたけど、あえてお名前まで申し上げて「谷本さんどうですか」とか言ってお誘いをして、女性の皆さんに本当によく話をしていただいたと思っております。

 

まず冒頭にですね、私がこのオリンピック、パラリンピック一緒にやるぞということになった以上、この・・・ご記憶あろうかと思いますが、ロンドンでのオリンピックの後の優勝者のパレード、その後リオで行われました優勝者のパレード、いずれも私がオリパラが一体でパレードをやるべきだということを主張いたしまして、従来と違ったことなので抵抗もかなりございましたけれども、これも大成功いたしました。

 

それから、各種目においてIOCから示されておりました指針であります1対1、つまり5対5といいましょうか、女性と男性の比率をできるだけ同じくしようということで、ほとんどの競技団体にもこれをお願いをして、ほぼ完璧な仕上がりができたなと思っております。

 

そういうふうに、私自身は女性を蔑視するとかなんとか、そういう気持ちは毛頭ありませんし、これまでもいわゆる・・・オリンピック、パラリンピック、いわゆる障がいのある人、ない人、みんな同じだよということで、すべて同じように扱って議論してまいりました。

 

そういう意味で、大変・・・こういう、この一言でこういうふうになったということは、私自身の非常に不注意もあったのかもしれませんが、長い83年の歴史の中で本当に情けないことを言ったもんだなと思って、それがまた皆さんに大変ご迷惑をおかけしたということになりました。

 

昨日、バッハ会長とコーツさん、私と武藤さんとで電話会談を1時間ちょっといたしました。

 

バッハさんからも大変、労いの言葉をいただきましたし、そして「よくもここまでしっかりやってくれた。これは、まさに東京2020の大きな成果だ」ということで、大変称賛もいただきました。

 

ぜひこの後、遅滞のないようにですね、この運営していただけたらと、こう思いました。

 

私がいる限りご迷惑をかけるということになったんでは、これらの今までにやってまいりました努力というのが、まったく無になってしまいます。

 

したがって、だれかが老害、老害と言いましたけれども、年寄りが下がれというのはどうもいい言葉じゃないんで、子どもたちに対する・・・いや・・・何ていうんですか・・・いろんな言葉がございますけれども、老人もやっぱりちゃんと日本の国のために、世界のために頑張ってきているわけですから、老人が悪いかのような表現をされることも、きわめて不愉快な話であります。

 

しかし、そんな愚痴を言ってもしょうがないことでありますので、この際、この組織委員会、約8年になりますから、小学校はちょうど1年間留年になりましたので、ちょうど小学校を終わったような感じでありまして、そこで後半の中学校の方の仕上げを新しい会長にリーダーシップをとってやっていただいた方がいいだろう、という思いをいたしまして、本日をもちまして、会長を辞することをあらためて正式に皆さまに表明をいたしまして、どうぞご了承をたまわれればと思います。

 

【④ 締め】
 

今日は、せっかくお集まりになった会合でありますから、いくつかご相談をいただくこともございますが、最後には後継者の選定をどうするかというお話も事務総長からお取り計らいがあるかと思いますが、どうぞ皆さんの率直なご意見をいただいて、この会が意味のある、そういう会であったと。また私にとりましても会長としての理事会、評議委員会、最後の会として心に残るように、そういう、ぜひ運営をお願いできればと思っております。

 

本当に皆さんありがとうございました。

 

今日は都議の皆さんもいらっしゃいますが、東京都の大きな仕事がオリンピック、パラリンピック、それを組織委員会が担当いたしてここまで進めてきたわけであります。

 

都民の皆さん、そして国民の皆さん、また東京都、また国、政府、多くの皆さんの協力があってここまでこれました。

 

スポーツ団体の皆さんにも本当に大きなお力を頂きました。その皆様方にも心からお詫びを申し上げて、そしてお礼を申し上げて、私の命ある限り、日本のスポーツ振興のために、さらに研鑽をしていきたい、そんなふうに考えております。

 

どうぞ、今日のこの会合をよろしくお願い申し上げて、お詫びを兼ねて、お願いを申し上げた次第です。ありがとうございました。
少しでも読みやすくなるように①~④に構成を区切りました

 

長くて読む気にならないかもしれませんが、【② 在任中の総括】の部分だけでも読めば、組織委員会が今日までに何をしてきたのか勉強になりますよ

【③ 今回の騒動への釈明】部分の感じ方は人それぞれだと思いますが、私は自分の不注意によって志半ばで去らなければならないという悔しさと無念さを感じました

肉声を聞きながらだと、より強く感じられるのではないでしょうか

 

動画のコメントなどを見ていると「話が長い」、「単なる恨み節」、「自慢話」、「反省する気がない」、「潔くない」などなど罵詈雑言の嵐でしたが、あなたはどのように感じましたか?

 

短い話ではなかったですが、7年も大役を務めながら、最後は自分の不注意によって志半ばで辞める形になったのですから、これぐらいの話の長さになっても当たり前だと思うのですが、これを非難したり「話が長い」の一言で片づける人の心境が私には理解できません

 

今回の一件が起こるまで森会長の実績はよく知らず、ただ

「首相時代からちょいちょい失言をするどうしようもない爺さん」

というイメージを持っていただけでしたが、数々の功績を残されてきた方だったことがわかりました

【全文掲載】森喜朗会長の発言は本当に「女性蔑視発言」だったのか?【2021年2月3日JOC臨時評議会&記者会見での発言】2021年2月3日に開催された「日本オリンピック委員会の臨時評議員会」での森喜朗会長の発言を巡り、国内のみならず世界各国からも批判されて大炎上しています。ということで、森会長の約40分にわたる発言内容の全文が掲載されている記事が存在したので、翌日の記者会見の全容とあわせてご紹介しながら、可能な限り客観的な視点で私の考えを書いていきたいと思います...

森会長の実績

ネットで調べた情報ですが

広い人脈を活かしてのIOCとの関係構築

東京五輪の招致

競技施設建設費の削減

2016年 リオ五輪のオリパラ合同パレードの開催

2019年 ラグビーワールドカップ日本開催の実現

ザっと調べてもこれだけの実績が出てきました

調整業務っていうのは地味だし、良いことは表に出にくいので隠れた実績も山のようにあると思います

特に2016年に行われたリオ五輪のオリパラ合同パレードは、周囲からの強い反対を森さんが押し切って実現にこぎつけたそうです

差別主義者にはできない発想だと思うんですけどね

 

しかし、実績があるから何を言っても許されるということではありません

一方で、過去にこれだけの実績を残し、今もトラブル続きの東京オリンピックを開催させるべく病を押して頑張っていたという事実を、私たちは知っておかなければならないと思います

 

多くのヤフコメ民などのように、自分で何も調べず考えず、マスコミや世論を鵜呑みにして勝手なイメージで稚拙なことを堂々と主張している人たちは、本質を知ろうともしない哀れな人だなと思います

森会長は悪い人だったのか?

今回の発言は不適切な点があったかもしれません

ですが、いろいろ調べたり考えてみても決して悪い人には思えませんし、良くも悪くも昭和の頑固オヤジなのかなと思います

今までの功績ももちろんですが、83歳の高齢でガンと闘病しながらオリンピック開催のために各国を飛び回って交渉したり調整したりなんて、普通の高齢者には到底できないですよ

森さんほどの立場になれば、ゆっくり病と闘いながら余生を過ごすことができるはずなのに、無理を押して7年間も頑張ってきたということは、国民のために東京五輪を開催させたいという強い信念があったのだと思います

あくまで個人的な感覚ですが、よくセットで批判される〇階さんとは気質がまったく違うと思います

〇階さんは何というか・・・見ていて腹に黒々としたものを感じますが、一連の森さんの話を聞いている限り、本当に国民のためにオリンピックを開催したいんだなという、昔の頑固オヤジが持っているような信念を感じました

 

森さんが長く生きてきた昭和の時代には、今では考えられないような男女差別があり、当然、森さんもこの考え方が頭に染みついているはずです

ですが、あいさつでも言っていたように、なかなか発言できない女性に気遣って発言を促してあげたりなど、森さんなりに男女平等を心掛けていたのではないかと思います

今回の問題も、不適切と取れれかねない発言をしながらも、前後で「女性は優れている」とフォローしており、全体を見れば女性蔑視を目的とした発言のようには見えませんでした

さいごに

私が最初にこの騒動の話を知った時も、世論と同じように「どうしようもない爺さんが女性蔑視の発言をしたんだな」と思いました

しかし、自分なりに本質を調べれば調べるほど、一生懸命な頑固オヤジがうっかり口にした不適切な言葉がマスコミの悪意のままに切り取られ、情報リテラシーのない国民を中心とした世論が乗せられてしまっただけなのだと思いました

 

今回、テープ起こしをしていて特に印象に残ったのが、【③ 今回の騒動への釈明】で「老害」という言葉に対して反論している部分でした

本当に、何度も何度も言葉を選びながら詰まりながら反論している姿が、よほど「老害」と言われることに対して悔しかったんだろうなと

でも、言葉を選ばないとまたマスコミと世論にやられてしまうからと、必死に言葉を選んで反論しているように見えました

考えてみたら「老害」という言葉も差別言葉だと思うのですが、違うのでしょうか

尊い2人の命を奪っておいて無罪を主張している〇塚被告は「老害」と言われて仕方ないと思いますが、誰かれかまわず「老害」というのは、老人に対する差別だと思うのですが

 

ちなみに、森さんを擁護するような考えを主張すると「右翼」だと決めつけられるみたいです

マスコミや世論に流されず、自分なりに調べて考えた結論に右も左もないと思うんですけどね

なので、あなたが私と同じような考え方だったとしても、決して卑屈になる必要はないと思いますよ

考え方の多様性があって当たり前の時代なのに、世論に反した考えは認めないなんていう人がいたら、それは某国と同じ思想なので非常に危険ですね

 

最後に森会長におかれましては、心無い国民のことなどはもう考えず、ゆっくりと療養していただければと思います

ではまた

ABOUT ME
もぐすけ
元地方公務員&投資診断士の脱サラ中年 「もぐすけ」です。 誰もが思いそうな素朴な疑問 (略して「そぼぎ」) について情報発信しています。

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