国の2020年度一般会計予算のうち、執行できずに2021年度へ繰り越される額が過去最大の30兆円規模に達する見込みというニュースが報じられ、「使い残しだ!」という批判で炎上しています
この話題については、髙橋洋一氏も自身のYouTubeチャンネルで取りあげ、原因を解説していました
【第227回 コロナ対応しなきゃいけないのに予算が余るのはなぜ?それは役人のサボタージュだよ】
動画内では30兆円の詳しい内訳は解説されていませんでしたが、執行が遅れている原因について次のように解説しています
- そもそも付けられた予算を消化しないのはおかしい
- 国から予算を交付した地方自治体が「実務ができませんでした」という理由で消化しきれなかった
- 時短・休業の協力金や医療関係への交付金を「概算払い」ではなく「清算払い」にしていたので遅くなった
- 申請があったら概算払いですぐに交付すればいいものを、ノロノロと遅らせていた
- 官僚や役人のサボタージュが原因だ!
という感じで、いつも以上に官僚や役人に対して辛辣で過激な解説でした
また、7月30日には財務省から2020年度決算について発表があり、21年度への繰越額が明らかとなりました
予算繰り越し30兆円 過去最大、コロナ補正執行遅れ―20年度
財務省が30日発表した2020年度の国の一般会計決算概要によると、21年度へ繰り越される額が30兆7804億円に達した。新型コロナウイルス対策に伴い、3度の補正予算編成で73兆円の歳出を追加したが、執行が遅れていることなどが背景。繰越額は東日本大震災直後の12年度(7兆6111億円)を大きく上回り、過去最大となった。
繰越額が大きかった事業は、中小企業を対象とした政府系金融機関による実質無利子・無担保融資(繰越額6兆4140億円)、営業時間の短縮要請に応じた飲食店に対する協力金(3兆3115億円)、観光需要喚起策「Go To トラベル」(1兆3353億円)など。公共事業関係も4兆6937億円が繰り越された。
【出典 2021年7月30日 時事ドットコム】
繰り越された予算の主な内訳は
企業の資金繰りを支援する実質無利子・無担保融資 | 6兆4140億円 |
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医療機関向け緊急包括支援交付金 | 1兆4586億円 |
Go Toトラベル | 1兆3353億円 |
地方創生臨時交付金(飲食店等への協力金) | 3兆3115億円 |
公共事業関係費 | 4兆6937億円 |
中小企業などの経営転換支援 | 1兆1485億円 |
【出所 共同通信】
となっており全体がわかる資料は見つかりませんでしたが、上記だけでも約18兆円あります
高橋洋一氏の言うように官僚や役人がサボっていたのが原因だとしたら大変なことなので、これらが本当に放置されていたものだったのかを、もう少し掘り下げて調べてみます
目次
実際の進捗状況はどうなのか?
報道の資料では具体的な状況がわからないので、内閣府が作成した経済財政諮問会議の資料(2021.7.21開催)でコロナ関連の各事業の進捗状況を確認してみましょう



【出典 内閣府】
赤字で書かれている事業が継続中の事業で、この分が2021年度に繰り越されてきたことになります
ほとんどの事業が繰り越されたということがわかりますね
この表では使い切れなかった金額がわからないと思いますので、事業が終了して余った金額がわかる表を作成しました






※「執行残額」:事業が終了して余った予算(使い切れなかったお金)
融資関係の事業については、借り手側により執行額が左右されるため、集計から除いています
集計の結果、2021年度へ繰り越された事業の残額合計は約14兆円となり、事業が完了して余った分は約5,000億円でした
あらためて、財務省が発表した繰越額と比較してみると
【財務省発表】
・30兆7804億円 – 6兆4140億円(融資分)=24兆3664億円
【内閣府資料】
・13兆9998億円
【差額】
10兆3666億円
私の集計に間違いがあったとしてもあまりに差がありすぎますが、これには明確な理由があります
それは「現金が動いているか動いていないかの差」です
30日に財務省が発表した繰越額は2020年度決算での数字なので、実際に支出された現金をベースに計算されています
一方、内閣府の資料に書かれている金額は、「お金を交付する決定(手続き)が終わった分」の金額が書かれています
役所のシステム上、お金を交付する決定(手続き)が終わってから現金が支払われるまでに時間差があります
そのため、内閣府の資料に書いてある金額のほうが、実態に限りなく近い金額ということになります
ということなので、実際に21年度へ繰り越した金額は30兆円ではなく、内閣府の資料に書かれている約14兆円が実質の繰越額だといえます
14兆円だったとしても過去最高の繰越額に変わりはありませんが・・・
なぜ繰越金が過去最高となったのか
繰越金が過去最高になった原因を高橋洋一氏は「官僚と役人のサボタージュ」と一喝していましたが、さすがにそれはないと思います
そのような単純な精神論ではなく、実際に考えられそうな要因をいくつか書いていきます
要因① 時間的な問題
2020年度のコロナ対策予算は、年度の当初予算にはほとんど計上されていませんでした
そのため、年度の途中に補正予算(第1次~3次)を計上して対応しました
その3つの補正予算のうち、第3次補正予算が成立したのは2021年1月28日で、約21兆円もの追加予算が計上されました
このような巨額な予算を2月、3月の2ヶ月間で使い切れるわけがありません
家庭の預貯金や小さな会社のお金とは違い、支出までにはたくさんの手続きが必要なので、ホイホイと簡単に支出できるものではありません
また、事業者への協力金などは地方自治体(都道府県、市町村)から事業者へ支払われており、地方自治体が支払った分を国に要求する形式のため、国から一方的に支出することはできません

これは「地方創生臨時交付金」という事業のうち、都道府県が時短や休業要請に応じている飲食店への協力金に関する事務処理の流れです
見てもぜんぜん意味がわからないと思いますが、国が予算を支出するまでにこれだけの事務処理があります
飲食店への協力金は都道府県が予算を作って飲食店へ支払うため、都道府県はその分を国へ要求して出してもらうという形式です
高橋洋一氏の言っていることを真に受けていると簡単なように感じてしまうかもしれませんが、大金を動かすにはそれ相応の手間がかかります
ちなみに補正予算が年明けに成立するというのは珍しい話ではなく、翌年度に繰り越すのが前提で計上される予算もあります
要因② 書類チェックに時間をかけている
記憶に新しいところでは「持続化給付金の不正受給問題」というのがありました
2021年7月29日時点において、不正受給が発覚した件数は約19,000件、金額にして約150億円という巨額なものとなりました
このときは国側が審査時間を圧縮して支給スピードに全振りしたため、国としては多少の不正受給も想定内だったと思うのですが、マスコミが大々的に取り上げたために世間が大騒ぎとなりました
あくまで推測ですが、この事件で痛い目を見た国や地方自治体が、これまで以上に交付金などの審査に時間をかけて厳密にするよう方向転換したのも要因の1つではないかと思います
支給スピードを優先すれば審査ミスや不正が多くなるのは当然なのですが、それを良しとしないマスコミや世論に国や地方自治体が従った結果、このような多額の繰越金が生じた要因の1つになったのではないでしょうか
支給スピードを上げれば不正が多くなったと文句を言われ、審査を厳密にすれば交付が遅いと文句を言われ、一体どうしろというのでしょう?
ちなみに、動画内で「概算払いが」「概算払いが」と連呼していますが、都道府県や市町村では昔から取り組んでいます
要因③ 人手不足
私が思う1番の要因が「人手不足」です
【出典 総務省より】
国家公務員と全国の地方公務員の職員数は、財政再建を主な理由として大幅にカットされました
日本の公務員は多いようなイメージがあるかもしれませんが、次の表のように総雇用者数に占める割合はOECDのなかで圧倒的なビリです(2015年現在)

高橋洋一氏が動画の中で、地方自治体で予算が使えない理由が「実務ができませんでした」というワケのわからない理由だと怒ってましたが、これはつまり「人手不足で手が回らなかった」ということだと思います
さらに動画の中では「わざと遅く処理している」、「こんなのすぐできる」と言っていますが、そんな簡単な話ではありません
私も補助金の審査を担当していたことがありますが、他の業務を放置して専念しても1日に4~5件が限界でした
もちろん他の業務を放置できるという環境はほとんどありませんので、残業しても1日に3件くらいなものです
そして係員の人数がギリギリ、ヘタをすると定員不足で営業しているので、事務がまったく思うように進みません
という地方自治体がほとんどだと思います
日本の公務員全員が高橋洋一氏のような優秀な頭脳を持っていれば簡単にこなせるかもしれませんが、ほとんどは平凡な頭脳の人間です
平時に人件費の節約をしたいという単純な理由で人員削減してきたツケが、有事のここにきて回ってきたのだと思います
動画のコメント欄では高橋氏の言うことを鵜呑みにして自分で何も考えずに役人批判をしている人がほとんどでしたが、そんな方々にぜひ交付金の審査をさせてあげたいものです
本当に地獄ですよ・・・
おわりに
髙橋洋一氏の動画はとても勉強になるので毎回見ているのですが、今回は珍しく的外れな感情論だけだったので驚きました
とても優秀な方なのはわかるのですが、周りを自分の物差しだけで見ながら上から目線で話されていたのが非常に残念でした
髙橋氏の言うことはすべて正しいと思われている信者の方も多いと思いますが、髙橋氏は地方自治体の実態は知らないと思うので、変な誤解が生まれないように私の経験をもとに書きました
「高橋洋一チャンネル」は開設初期から見ているファンですが、最近のコメント欄を見ていると自分で物事を考えない高橋信者がどんどん増殖してきているように感じます
決してバカにしているわけではないのですが、髙橋氏は神様ではないので言うことを真に受けるのではなく、少しは自分で考えるという習慣を持たれたほうがよいと思います
今回の件にしても、自分でちょっと調べてみれば高橋氏の解説はちょっと違うことに気がつくと思うのですが
それではまた